| 10月8日の私 その日、うちの会社はシンポジウムを開催していた。こともあろうに有明ビックサイトでだ。4柱の上に乗っかているあの台形の中の国際会議室内で。このシンポジウムは本来うちの会社とは関係ないのに常務が気前よく「やります」と某役所で手を挙げてしまったのだ。1000万円の赤字だそうだ。しかも急にその仕事が研究員の仕事に割り込んだために、彼らがシンポジウムの事務処理(参加者の募集から、弁当の手配まで)をやり、私達が彼らの本来業務のサポートにまわった。そんなわけで9月後半からは私はずっと23時近くに会社を出る生活だった。野球は会議室のテレビをつけっぱなしにして、みんなで時々のぞきに行くぐらいだった。故にマジック1の瞬間もあんまり実感が湧かなかったものだ。(はっきりいってグチです、ごめんなさい) さて、確かこの日の前の1週間ぐらいはマジックは消えていくのは決して順調ではなかったこともあって、この日の優勝決定はあまり期待していませんでした。とりあえず試合の後半をビデオ(期待していないから新品じゃなくてその辺にあったテープ、しかも半分は使用済み)にセットして家を出た。向かうは勝手知った場所である。どーでもいいことだがこのシンポジウム、運営は外注しいたのだが、この外注業者の女社長は高飛車の上に、あまり役に立たないプランを立てていたので(なにしろ事前の打ち合わせはほとんど無しよ)当日職員は右往左往。すごい人件費で(しかも競争見積もりどころか、見積もりなしだったのよ〜!常務がホイホイ乗せられちゃったのよう!)でこの程度とはおそれ入谷の鬼子母神。それに比べると素人が運営しているのに表面的には滞り無く終わるコミケって偉大なんだなと、しみじみ実感しました。 そんなこんなで夜。19時20分頃、私は懇親会会場のクローク係。とりあえず客が会場に入りきったのを確認して、家へ電話。そうすると負けているというではありませんか。ま、そうだろうな、と。プレッシャーに弱いチームだから今日はまた負けるだろう、ここは一発ゆっくり試合が見れる土日に決めてもらいたいものだ、と勝手に思いこんだ私。会場を出たのは20時30分ぐらい。ここで根性を出して臨海副都心線−武蔵野線−千代田線と乗り継げば約1時間の道程なのだが、この路線では最後まで座れない。疲れ果てていた私はゆりかもめで新橋−銀座線で表参道−千代田線という座って帰れる約2時間のコースを選んでしまったのだ。 あああああああああああああああ、それなのに!ヨレヨレ家に着いた私に対し、母が一言。「大洋優勝したよ、知らなかった?」知らーっん!ああ、もう、すぐに寝ようと思っていたのにさ。感動も何も無し。とにかく眠い頭と体にムチ打って、とりあえず試合が取れているかを確認。その後、果てしなく続くプロ野球関連のニュースをハシゴしながらひたすらビデオを取り続けたのだった。 翌日、新聞6紙を買いつつ会社に行ったら挨拶より先に「おめでとうございます」と言われてしまった。その瞬間に優勝を実感しました。 |