「グランド・ホテル」
■2006/01/09(月)
 グランドホテルには様々な人がやってくる。引退興行を繰り返す老いたバレリーナとそのマネージャー、貴族の称号はあるがお金はないためこそ泥を働く男爵、経営する会社が危機を迎えても若い女性に目がない実業家、女優を夢見るタイピスト、そして余命幾ばくもないとわかり、人生の最後に豪華なホテルに泊まりたいと思う簿記係。そんな彼らが織りなす人間模様。

 本日は3階最前列。ちょっと音が割れ気味で台詞が聴き取りづらい部分もありましたが、舞台全体が見渡せて、なかなか良いお席でした。

 グルーシンスカヤの前田美波里さんは、大スターの貫禄がたっぷりありながらも、それ故の「踊れない悲哀」もひしひしと伝わってきました。踊ることが全てのダンサーが、「踊れなくなりつつある自分」を認めつつも認めたくない、せめぎ合う感情が伝わってきます(ちょっと生命力が有りすぎるかもしれないけれど)。白鳥のチュチュを着て、トウ・シューズで踊っていらっしゃって、もうビックリです!うわ〜、背中がキレイ、腕の動きもキレイ!部屋着の赤いガウンもそれはそれは似合っていました。とにかく「目に入ってくる」美人ですよね〜。低めの声もエレガント。
 男爵の大澄さんは、思っていたよりも高めの声だった。歌声も伸びていました。悪の道に入りかけているのに、入らない。生来の生まれの良さ故に入れない、っていうのかなあ。結局はイイ人なのよね〜。最後の歌の「赤い薔薇を持って君を待つ〜〜」に、ちょっと涙。
 オットーの小堺さん。やっぱ舞台慣れしている〜〜。いろんなところの間合いがうまい。小柄なんだけど、舞台での存在感はバッチリです。後半になったらアドリブも増えるかなあ。
 ブライジングの田中健さんはイヤラシいエロ親父。セクハラ(以上だな)をする姿がよく似合っていました。ラファエラの諏訪マリーさんは歌声、特にソプラノが美しい。友情と愛情の間で揺れながらも、グルーシンスカヤをいろんなことから守り通しています。
 そして、パク・トンハさんのエリックです。前半はあんまり目立たないな〜、と思っていたら、最後に美味しいところを持っていきましたね〜〜。暗いまま終わるのかな〜、と思っていたときに、「息子の誕生の喜び」すなわち「明るい希望」で、舞台の空気を明るく変える歌を歌ってくれました。朗々とした歌声は耳に優しい。うっとりです〜。
 あと、社交ダンスの西島・向高組。やっぱ目を引く踊りです。フィナーレ前にも大技も決まってました。
 
 そして、フレムシェンのリカちゃんです。宣伝で着ていたワインレッドの衣装もシックで好きだったけど、舞台ではもっとピンク!なドレスでした。もう、脚が綺麗で、キレイで!お尻フリフリの踊りも可愛いなあ。最初はテンション高く女の子っぽい声で話していましたが、だんだん低い声になっていったような・・・。でもその方が自然な台詞回しでした。ブライジングに言い寄られたとき、どこまで脱ぐのかな〜〜、とドキドキしていたら、ストッキングとパンツだけで、3階席からではそれほど見た目は変わりませんでした。そりゃ、パンツを渡しているけどさーーー、って、なにを残念がっているんでしょ。
 
 舞台装置は固定で、2階建て。2階部分奥にオーケストラがいます。そのためか、3階席だと役者の声よりオケの音の方が強くなるときがあるような。アール・デコな装置はキレイだけど、舞台を狭くしてるかな?グールンスカヤの部屋が、上手にちょっぴりベッドっぽいセットがあるだけで、あんまり豪華に見えなかったなあ。

 とりあえず1回目の感想はこんなもん。始まったばかりのせいか、ちょっとテンポが悪いかな〜。1月10日ぐらいに演出家が帰国するそうなので、今後いろいろ変わるかもね。


■2006/01/19(木)
 2回目です。公演が中盤に入ったからか、はたまた「ママチャリライダー」グレンが帰国して役者が自分のカラーを出せるようになったからか、前回見たときより、かなりまとまりが良くなっていました。1回観ているから時間配分はわかっているつもりでしたが、記憶以上に、時間があっという間に過ぎました。グランドホテルに行き交う人々、人と同じだけの人生も行き交い、生と死も行き交う。新しい未来を求めた者には死が訪れ、死を自覚した者は新しい人生を見る。まさに人生の縮図でした。
 今回は1階上手のかなり前方席だったので、オペラグラスを使わなくても役者さんの表情を明確に見ることができました。その代わり、一点を見たら、もう一点が見られなくなります。下手階段で、オットーが男爵から財布を受け取るところ、とってもとっても良い場面なのですが、上手でストッキングを脱いでいるリカちゃんも観たいのよ〜〜。目があと二つは欲しかった。
 中盤のせいか、皆さん役の掘り下げが深くなっていました。美波里さんのバレリーナは、元気が良すぎる、と言う人もいるようですが、私はアレで良いと思います。ダンサーとしての終わりがイコール女性として終わりではないのですから。女として、人間としての人生はまだまだ長いのに、ダンサーとして終わりかけている、そのバランスが良いなあ、と思いました。プリマが、自分への拍手が少なくなったと感じた顔。私は、それを良く知っています。ああ、セメニャカ・・・。あの時の、自分の不調を感じつつも、これだけの拍手しかないなんて、と、さらに前に出てきて拍手を求める姿を、美波里さんのグルーシンスカヤを観て思い出しました。あれはファンでも辛かったよ・・・ 。それでも、彼女(グルーシンスカヤ)は踊り続ける。踊ることこそ彼女の「生」そのものであるから。

 *余談ながら。リュドミラ・セメニャカはすでに引退し
  現在ボリショイ・バレエ団でザハロワなどを教えているようですが
  上記 ↑ の舞台で「瀕死の白鳥」を踊ったプリセツカヤは
  まだ舞台に立っています。たぶん80歳ぐらい・・・

 踊れない絶望の淵にいた彼女を「生」へと向かわせた男爵は岡さん。スーツ姿は思っていたよりほっそりしていた。共演女優が大きいのかな??大澄さんが、人も育ちも良く、そのためになんとな〜く金を失っていそうなのに対して、岡さんは「貴族の矜持」を前面に出していたように思います。「貴族」であるための対面を保つために、借金をしている、そんなカンジです。一般人との「溝」が歴然としてあるので、若いタイピストが憧れるのもわかりますし、その「溝」を越えてオットーに歩み寄ったのこそ「真の友情」であったとも言えましょう。そんな「孤高」でもあった彼が、グルーシンスカヤと出会ったことにより、「人」を信じ「人」の世界に交わろうと考えられるようになったのかなあ、とか、思ったり。単純に「女性への愛」を得たのではなく、それを含めた「新しい人生」を得ようとしたのではないかと、そんなふうに思えました。台詞や歌は、さすがに明瞭で、とっても胸に迫ってきます。
 オットーの小堺さん。財布を受け取った時、すべてわかっていたのだと思います。だから「受け取って」「お金を貸した」。彼の親切(とは違うなあ。なんと言えばいいのかなあ)がわかったから、男爵は煙草ケースを渡し、オットーも受け取る。言葉ではないところで、深くわかりあったんだなあ。その煙草ケースを「出産祝い」としてエリックに渡すのは、「男爵が存在していたこと」を新しい命に託したんだよね。新しい命が、男爵の命・存在を引き継いでくれるようにと・・・。
 そのエリックです。パクさんです。オットーを部屋へ案内するとき。オットーがホテルを褒め称えているのを見て、すごく嬉しそうです。とってもとっても「職場」すなわち「グランドホテル」に対して誇りを持っているんだなあ。子犬みたいに目をキラキラさせていましたよ。ゲイの上司に言い寄られて、イヤだけど怒り返せないけどやっぱ生理的にダメダメっていう困った表情が可愛かったよ。最後の方で息子に全てをあげよう、と歌うところは泣いたよ〜〜。男爵の「死」が辛く重かったのを払拭するように、舞台の上に「希望」を誕生させましたよ。
 諏訪さんのラファエラは、前に見たときは「禁断の愛」が強かったのですが、今回はそんなレベルを越えてました。グルーシンスカヤに仕え支えとなることが、彼女の生きる全て。恋がこんなふうに終わるなんて・・・の歌は、グルシンスカヤが嘆くことになるだろうと、そのことが辛いのだということが伝わってきます。でも、彼女がこれからのグルーシンスカヤの「生」を支えて行くのでしょうね。そしてグルーシンスカヤも踊り続けると。
 で。リカちゃんです。岡さんとは身長差があるせいなのか、とってもとってもプリティー 。うん、うん、若いよ。19歳だよ〜〜〜。ガードルがピンクでパンツが白なのか?さすがにオペラグラスで覗けなかったよ〜〜。子供っぽい憧れと野心を胸にグランドホテルに来たフレムシェンは、チェックアウトするときには、ちょっと大人になったのかしら?
 あと、あれです。西島・向高組のダンス。近くで見ると猛スピードで移動しています。やっぱ社交ダンスって「スポーツ」なんだあ!「競技」なんだあ!!あんな狭い空間で、猛スピードでたくさんのステップを入れているのに、上半身の美しい直線のラインを保てるなんて信じられん!!!いや〜、ありがたいものを見せていただきました。拝む。


■2006/01/22(日)
 3回目です。今回は1階前方下手側。ここに座って初めて!フレムシェンが後半衣装替えをしていたのを発見!なんでわからなかったんだーーーっ。似たような色の似たようなデザインのドレスだからだと思うけどさ。替えるなら、もっとわかりやすくしてーーー。
 役者さんは、ますますヒートアップ。プライジングは変態に、フレムシェンはぷりちーーに。男爵の言い訳が、「最初は口からでまかせ」感が増したように思います。そして、「踊ることに命を賭けているダンサー」と知り合ったことにより、自分が「なんとなく」時間を消化するような人生を過ごしていることを自覚し、これからはちゃんと「生きたい」と思う、って流れがわかりました。ダンサーとしての「命」がつきかける女と知り合ったことにより、「生」を自覚する男、その男の情熱に女は「命」を再燃させる。繋がっているんだよねえ。だから、「人生が蓄積された」顔を持つダンサーを愛するんだよな。男爵が意識した初めての「人」なのかもね。「女の子なら数人」のあとに、「男の子はたくさん」と続くのでは?と思った私を許してケロ。だって、ねえ・・・。
 あ、あと、フレムシェンが、親切な若い男が「男爵」だと知ったときに顔も良かったわあ。「男爵・・・男爵ですって・・・」って形に口が動いています。ここでものすごく期待しているのがわかると、後の「残念賞」も生きてきますよね。ガードルはフリルたっぷりでした。
 ラファエラも、「禁断の愛」なんてレベルは超えたよねえ。漠然と「頼られること」を夢見ていたけど、ホテルをチェックアウトしたあとは、生涯支え続けていくんだろうなあ、と。それがラファエラの「生」なんだろうなあ。これも男爵の「死」によって産まれたんだよねえ。
 回転扉から掃き出される生と死。昨日も今日も、そして明日も変わらず、人々が行き交う「グランド・ホテル」。止まることなく流れていく「時間」を感じました。本当に、良い芝居でした。