花組(宝塚大劇場)「エリザベート」
■2002/11/03 (日)
 いや〜、花組でエリザをやる日が来ようとは。あの歌が・・・・・・の組で。でも、できました。やってくれました。
 ただ、私なんかは、冗談でも比喩でもなく星エリザを100回は見てるし(ビデオはボロボロよ)、ナマで初めて見たのも星なので、星が基本になっちゃっているんですよね。その視点から申しますと。
 オサのトートは思ったより良かった。思ったより濃いし、歌も上手い。ただ、歌の時、時々トートではなく素になってしまい、明るい人が朗らかに歌う、って雰囲気が出てしまうときがある。樹里は目立たないなあ。歌がうまいじゃん!って思うときはあるけれど、皇帝の重みはない。みどりちゃんは低い声が良く出るので歌詞は聞き取りやすい。しかし、泣きすぎでは?泣いているうちにコトが終わるというか。そしてこの3人、葛藤がない。トートはエリザベートを奪いたいのに生かしている。エリザは自由になりたいけど生きたい。フランツはエリザを愛しているけど義務がある。その上での三角関係だと思うのだが、その辺の深みが感じられないので、薄っぺらいというか、歌って話が進行しているだけだというのか。特に中村Bの演出が加わったため、耽美とか格調高さとかが無くなっているように思う。だから迫力が足りず、無難に終わったな、って気がするの。ワタシ流に言うなら「濃くない」って言うのかな。マリコさんほどの帝王振りまでは求めないけどさ、寝室のシーンで「今こそお前は自由になれるのだ終わるときのない永遠の世界へ 行こうよ二人で」と誘うトート様と「イヤよ逃げないわ 諦めるには早い 生きてさえいれば自由になれるわ」と断るシシィにドラマがないのよね。あやかのように、一瞬魂が行きかけて、それを振り切って断って欲しい。でないと、これまた、ただのシシィの我が儘になってしまう。
 え〜ん、その中でさ、歌は格段に下手なんだけどさ
アサコがいいんだわよ!
ああ、惚れたよワタシ。トド・リカに比べると若造なんだけどさ、でもちゃんと話の中にいるわよ。ああ、書ききれない。続きは17日の観劇で。

■2002/11/17 (日)
 大劇場でのみどりちゃん見納めでした。衣装の新調がたくさんあって良かったね!

 今回の花組を見て思うのは、やっぱエリザってアンサンブルが大事だということ。アンサンブルというよりはバランス、と言った方がいいかな。アサコのルキーニは、単独で見るといただけないかもしれない。しかし、この組でのルキーニだからOKっていうか。それは私がアサコが好きだからの言い訳かもしれんが。しかし強いエリザがまずありき、の組だよね。それに応じた布陣だった気がする。
 オサのトートは、エリザによって初めて自我に目覚めた気がする。それまで漠然と人間を取り巻く悪意に過ぎなかった存在がエリザに合い、愛することによって初めて肉体を得た、そんなカンジ。一路さんは死の象徴だった。恐怖でもあり安らぎでもあり、実存しているのかエリザ(だけ)が見る幻影なのか、曖昧な存在。まりこさんは大帝王!世界が出来たときから存在している悪魔。エリザを手に入れるためにハプスブルク家が滅亡しようと屁とも思わない。逆にずんこさんは新米帝王で、その最初のつまずきってカンジですよね。それぞれのトートなので、それを受ける方もさまざま。それならアサコのようなルキーニもありかな、と。ナイフを貰うシーン、リカちゃんなどはトートの命令によってというか、トートに操られている、と思われるのですが、アサコ(花組版)の場合はなにか大切な物、貴い物を受け取った、と思われたり。その表情がとても好きだったりします。
 逆に、どうかな?と思うのがフランツとルドルフ。樹里ちゃんのジジイオーラは若造オーラを消すほどではないので、フランツが老けて見えないし、皇帝の義務をカンジさせてくれないのはあまり好きではない。フランツからの愛が感じられないのでエリザの孤独が薄い。だから精神病院も感動しきれない。ルドルフも子供の我が儘のようで、エリザと鏡状態にはなっていない気がする。

 で、フィナーレ。困ったよ。
アサコしか見えないよ!

オサアサのデュエトがあり、その後は、従来のフランツが芯でなくアサコが芯ということは、組内2番手の披露と思っていいのかなあ。この群舞はメチャクチャ好きなのよ〜。下品な赤(笑)が、また似合うわ、アサコ。